仏心 私たちの心の中には、貪りや愚痴など嫌な部分もありますが、誰かの役に立ちたいと願う良いところもあります。それが仏心です。しかし私たちは自分自身のなかに仏心があることを忘れがちです。 《私》という 漢字を見つめてみましょう。《私》の《禾》から「一(イ)」と「八(ヤ)」のイヤな心を除くと《仏》という漢字が残ります。つまり《私》の字には《仏》が内在しているのです。この隠れた仏心を呼び起こすのが合掌です。 『曾谷二郎入道殿御報』 この書は弟子の曾谷二郎入道へのお手紙です。 正しい教えを否定する罪について筆を起こされ、この罪を犯す者がはびこれば世が乱れることを示されました。当時は蒙古襲来の危機など社会不安の真っ只中にありました。この罪を犯しているからだと、聖人は批判されています。 社会の一員として、どのような苦難に遭おうとも「心は仏心と同じ」と信じる覚悟を勧めて筆はおかれます。 弘安4年(1281)聖寿60歳 前の法話へ 法話一覧へ 次の法話へ
仏心
私たちの心の中には、貪りや愚痴など嫌な部分もありますが、誰かの役に立ちたいと願う良いところもあります。それが仏心です。しかし私たちは自分自身のなかに仏心があることを忘れがちです。
《私》という 漢字を見つめてみましょう。《私》の《禾》から「一(イ)」と「八(ヤ)」のイヤな心を除くと《仏》という漢字が残ります。つまり《私》の字には《仏》が内在しているのです。この隠れた仏心を呼び起こすのが合掌です。
『曾谷二郎入道殿御報』
この書は弟子の曾谷二郎入道へのお手紙です。
正しい教えを否定する罪について筆を起こされ、この罪を犯す者がはびこれば世が乱れることを示されました。当時は蒙古襲来の危機など社会不安の真っ只中にありました。この罪を犯しているからだと、聖人は批判されています。
社会の一員として、どのような苦難に遭おうとも「心は仏心と同じ」と信じる覚悟を勧めて筆はおかれます。
弘安4年(1281)聖寿60歳