現世の安穏を得る術 日蓮聖人が説かれる現世が安穏とは決して苦がないことではありません。苦楽は表裏一体不二のもの。とするならば、苦の中にこそ真の喜びを見出すことが仏さまの教えの真髄なのです。 「らく(楽)」という言葉を見て下さい。「ら」の下には「く(苦)」が付いているではありませんか。 日々苦悩の中で生きる私たちへの聖人からの激励のお言葉なのです。 『如説修行鈔』 日蓮聖人50歳。ご生涯で最大のご法難、龍口法難、佐渡流刑という危難に遭われた時期、迫害は弟子信徒にも及びました。その結果「千人がうち、九百九十九人が退転した」という程、教団にとっても壊滅的状況であったと述懐されています。 本書はその佐渡で書かれたと伝えられています。動揺し退転していく者が多く現れる状況下で、今こそ自らの信仰が試される時として、門下を叱咤激励されたお手紙です。 迫害に遭うこと自体が仏さまの御心に添って修行していることの証であると述べられています。 文永10年(1273) 聖寿52歳 前の法話へ 法話一覧へ 次の法話へ
現世の安穏を得る術
日蓮聖人が説かれる現世が安穏とは決して苦がないことではありません。苦楽は表裏一体不二のもの。とするならば、苦の中にこそ真の喜びを見出すことが仏さまの教えの真髄なのです。
「らく(楽)」という言葉を見て下さい。「ら」の下には「く(苦)」が付いているではありませんか。
日々苦悩の中で生きる私たちへの聖人からの激励のお言葉なのです。
『如説修行鈔』
日蓮聖人50歳。ご生涯で最大のご法難、龍口法難、佐渡流刑という危難に遭われた時期、迫害は弟子信徒にも及びました。その結果「千人がうち、九百九十九人が退転した」という程、教団にとっても壊滅的状況であったと述懐されています。
本書はその佐渡で書かれたと伝えられています。動揺し退転していく者が多く現れる状況下で、今こそ自らの信仰が試される時として、門下を叱咤激励されたお手紙です。
迫害に遭うこと自体が仏さまの御心に添って修行していることの証であると述べられています。
文永10年(1273)
聖寿52歳