善悪と鏡 眉は近くにあるのに見ることはできません。それと同じように自分の善悪を見ることは、なかなかできません。 では、どのようにすればよいのでしょうか? それには鏡を使うのが一番です。鏡に映った顔を見れば自分の表情がよく分かります。 不透明な社会情勢の中、私たちの善悪を映す鏡が必要です。私たちは、その鏡に映った姿を素直に受け止め、美しく是正し、よりよい社会へと歩まなければなりません。 日蓮聖人ご遺文 『曾谷入道殿許御書』 このご遺文は、日蓮聖人が曾谷教信公、太田乗明公に宛てられた書状です。二人は学識があり、聖人の教義を理解し、信頼されていました。 よって、このご遺文は名文の書状でありながら、漢文で書かれた長文の論文と呼べるものです。現実社会を救済されようとした聖人の教えの根幹が示された重要な書であり、堂々とした筆づかいは読む者を感動させます。 文永十二年(一二七五) 五十四歳 前の法話へ 法話一覧へ 次の法話へ
善悪と鏡
眉は近くにあるのに見ることはできません。それと同じように自分の善悪を見ることは、なかなかできません。
では、どのようにすればよいのでしょうか? それには鏡を使うのが一番です。鏡に映った顔を見れば自分の表情がよく分かります。
不透明な社会情勢の中、私たちの善悪を映す鏡が必要です。私たちは、その鏡に映った姿を素直に受け止め、美しく是正し、よりよい社会へと歩まなければなりません。
日蓮聖人ご遺文
『曾谷入道殿許御書』
このご遺文は、日蓮聖人が曾谷教信公、太田乗明公に宛てられた書状です。二人は学識があり、聖人の教義を理解し、信頼されていました。
よって、このご遺文は名文の書状でありながら、漢文で書かれた長文の論文と呼べるものです。現実社会を救済されようとした聖人の教えの根幹が示された重要な書であり、堂々とした筆づかいは読む者を感動させます。
文永十二年(一二七五)
五十四歳